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インフォサイエンスは、日本縦断駅伝をスポンサーしました。


3,000キロ! 世界最長?の駅伝。インフォサイエンスはそのチャレンジ精神を支え、思いの達成を実現させるため、この世界最長の駅伝のスポンサーを引き受けることにしました。
これがドラマでなくて、何がドラマでしょうか。日本最北端の宗谷岬から、鹿児島県大隈半島の最南端、佐多岬まで約3,000Kmをチームホライゾンのメンバー8人が走りきりました。2006年3月6日から19日まで、ちょうど2週間のドラマでした。

2週間の期間中、選手たちはマイクロバスの中で寝泊まりしました。
すでに新聞などの多くの報道によりご存知の方もおられることと思います。このドラマを実現させるまでにはさまざまなチャレンジがあり、大学名を伏せて「チームホライゾン」として決行することとしました。
この大学の陸上部は、大学の陸上部としてはどこも目指す「箱根駅伝」を目指していました。予選の結果は39大学中11位。予選通過の9位とのタイム差は、1分28秒。ひとりあたりではわずか9秒。この悔しさを晴らすため、彼らはもっと大きな夢に挑戦することにしました。プロデュースしたのは、NPO法人「地球元気村」主宰で冒険家の風間深志氏。その夢とは、「日本中に元気と勇気を」を旗印に北海道の最北端、宗谷岬から鹿児島県の最南端佐多岬まで、約3,000Kmを8人のランナーでタスキをつなごうというもの。1人が毎日3時間ずつ30Kmを、昼夜を徹して走ります。津軽海峡をフェリーで渡る以外は、休みなし。

都会ばかりを走る訳ではありません。街灯もない田畑や山中の暗闇を、夜を徹して走ります。夜中に走ることに伴う大きな危険など、サポートする側からも疑問が呈されました。寝泊りはマイクロバスの中。体力は回復できるのか。食事はどうする。トイレ、風呂、洗濯さらに故障、病気などリスクは数え切れないほどありました。ドライバーは、3人一組で24時間、2台の車を運転し続けなければなりません。マネージャーも2週間にわたり、同じように車での生活。否定的なことは山のようにありましたが、共有している夢の力がはるかに勝りました。

3,000Kmを走破したゴールの瞬間。
3月6日、午前6時。いよいよ宗谷岬をスタートしました。駅伝はスタート直後からブリザードの直撃を受け、危機にさらされました。気温マイナス7度。体感温度はマイナス20度にもなりました。経費節約のため、アイスバーン用のシューズ2足をみんなで使いまわしました。防水、防寒とサイズ調整のため、ジップロックを活用したとのこと、ちょっと笑えました。

津軽海峡を渡るフェリーは、唯一、束の間の休息。本州に入ると休憩はありません。各ランナーが毎日3時間、約30Kmを走り続けます。大学の陸上部、しかも箱根を目指していたランナーにとっては遅すぎると思われるかも知れませんが、何といってもゴールまでは3,000Kmの距離がありました。

スタートして6日目の3月12日。チームホライゾンは東京に入りました。読売新聞社前を通過、箱根駅伝のコースをひた走り、箱根を越えました。食事はほとんどコンビニで調達。風呂に入れない日もあります。疲労が溜まり、筋肉や関節が痛みます。しかし、一人が脱落すると残り7人への負荷が急に高まります。メンバーは学生とは思えないほど大人でした。責任感、使命感を感じながらひた走りました。

3月19日、午前8時30分。最後の区間を任されたランナーが九州最南端の佐多岬にゴールしました。誰ひとり脱落することなく、最後まで走りきりました。みんな、これが2週間にわたり、3,000Kmを走ってきた人かと思うほどすがすがしい顔をしていました。涙もありませんでした。疲れた様子もなく、元気一杯でした。スポーツは正直で、嘘をつきません。どんなドラマにも勝る感動をもたらしてくれる最高のドラマでした。箱根を目指し、厳しいトレーニングに耐えてきたものにしか演じることのできない究極のドラマを見せてくれました。ゴール後、強風で白波の立つ南の美しい海に向かって「やったぞー」と雄叫びをあげました。世界最長の駅伝は、春の日差しの中でわずかに芽吹き始めた佐多岬でそのドラマの幕を閉じました。

ゴール直後、みんな、すがすがしい笑顔でした。
午前9時半、地元の大泊小学校で歓迎式典が開催されました。全校生徒21人という小さな小学校で、全員が演奏してくれる「ミッキーマウスマーチ」で式典の幕が開きました。町長さんをはじめ、地元のみなさんが暖かく歓迎してくれました。恐らく、宗谷岬から3,000Kmを走ってきたという実感は誰にも伝わっていないと思いますが、何か、とんでもないことをやってくれた人たちであるということはわかっていただいたようでした。地元のお母さんたち手作りのお昼をいただき、大泊小学校を後にしました。

チームホライゾンの8名は、23日に卒業式を迎え、卒業、それぞれの道を歩みはじめました。しかし、このタスキにより繋がれた強固な信頼関係はいつまでも8人のランナーとマネージャーの心に残ることと思います。打ち上げの席上、8人の内2人から「このまま人生が終わってしまっても悔いはないと感じた」との発言がありました。その若さで人生を終わってもらっては困りますが、このことばが達成感の大きさを物語っていました。また、8人が8人とも、サポートのスタッフに対する感謝、途中出会った人からの励ましに対する感謝、家族、その他支援してくれた全ての人々への感謝を忘れませんでした。人は大きなことを成し遂げるごとに謙虚になると改めて思いました。

ゴールの佐多岬、「チームホライゾン」の思いが実りました。
風間さんの企画力、縁の下で見えない努力を続けてくれた事務局、マネージャー、ドライバーを含むサポートスタッフ、弊社を含むスポンサー、そして8人のランナー。小さなイベントだったかも知れませんが、世界に誇れる快挙だと思います。奇しくもゴールの翌日はWBCで日本が優勝、世界一に輝きました。二次リーグの米国戦、タッチアップを巡る塁審の「セーフ」の判定を覆したボブ・デービッドソン主審に怒りを覚え、抗議の意思を伝えるため、「試合を放棄して帰ってこい!」と感じた人はたくさんいたと思います。冷静に対処した王監督は、世界一にふさわしい監督だといえます。冷静に決められたペースを守り、一人の脱落者も出さず、世界一の駅伝を制したチームホライゾンの選手に惜しみない拍手を贈りたいと思います。


> 日本縦断駅伝ホームページ

 

 

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